生き方

日記

老化防止は頭も体も使い続けることか

寝る前にはいつも録画した時代劇かドキュメンタリー番組をみてから9時前に寝るのが日課になっている。民間放送はCMが多いのが困るがこれは仕方ない。CMでは健康関連が多い、運動器具やら足腰の予防薬、栄養剤など多方面のものになっている、これは高齢社...
日記

老体もメンテしながら頑張った

今日も暑くなった日、午前中は以前から夜間頻尿で通院しているかかりつけ医院に出かけ薬の処方箋をもらい薬局で補充してきた。薬局では以前に来た時は新人見習い薬剤師で、緊張して応対してくれた。数か月で新人だった薬剤師の対応が変わっていた。以前の緊張...
水彩画

水彩画展示会の最終日は反省会

今日は四日間の水彩画展示会の最終日である。午後三時で終了してすぐに作品の撤収作業や会場を元の状態に戻したが全員で力を合わせて作業したので思ったより早く終了した。その後は反省会になったが、来年度は記念すべき20回目の開催になるので、記念になる...
日記

我慢する

間質性肺炎の治療に使われる「オフェブ」は、進行を遅らせる効果がある反面、下痢、食欲不振、倦怠感、吐き気などの副作用が出やすい薬だ。今週になってからお腹の調子が悪いので外出せずに体を休め、体力の温存を最優先にしようと思っている。休むことも大切...
ウォーキング

右足が痛い、痛くて歩けない

高校生の時にラグビーで捻挫した右足のくるぶしに軽い痛みが出るようになったのは70代後半だった。歩くのが辛くなったので整形外科で検診してもらった結果は右足がかなり外側に曲がっている。骨が曲がっているから手術するしかないが、年齢的に大きなリスク...
仕事

顧問として会社幹部と話し合ったこと

自動車部品関係が主力の「メッキ会社」の今後は米国の関税、EV化の進展、環境負荷などの問題があり明るさが見えない。顧問として5S運動を指導しているのだがメッキ業界の今後をどう考えて指導したら悩んでいる。今日は社長と工場長に会って話しあった。5...
日記

相手を思う熱き心

NHKで放映したドラマが録画してあったので最近再生して見た。藤沢周平の「山桜」と山田洋次の「遙かなる山の呼び声」の二つの映画だった。二つの作品は時代も舞台も異なるドラマだが、共通しているのは「相手を思う熱き心」だった。相手を思う熱き思いは、...
水彩画

日光へのスケッチ旅

水彩画の仲間3名と一緒に日光の湯の湖にスケッチ旅に出かけた。車で2時間かかったので私一人では運転は出来ない、もう無理な歳になってしまった。若手の仲間の一人が誘ってくれて運転もしてくれたので有難く同行させて貰った。今日は気温も夏日になり半袖シ...
日記

長嶋茂雄さんの訃報

今日は曇りから午後には雨になるとの予報だった、新聞と取りに外に出たら空は薄曇りとなっていた。門際のサツキが満開になっていたので花を大きくスケッチブックに描こうと思ってスマホで写真に収めた。室内に戻ってから新聞を取ってこなかったことに気が付い...
ウォーキング

老いを実感した日

現在、86歳だから今更老いを実感とはおかしな話になるが、今まで出来てきたことが出来なるとき老いを実感すると言うのはおかしいかな?。今日も5時からのウォーキング、始める前はスクワット20回、気分が重い。歩き始めたら曇った日でも朝の空気は気持ち...
日記

地域の詩誌「那須の緒」

「那須の緒(24号)」の表紙の独特の味わいのある地元の版画家相澤弘邦氏の版画に引き付けられた。詩誌を拝読して心に深く沁み入る詩やエッセイに触れ、あらためて言葉の力を感じた。読みながらまるで那須の風にふれたような心持ちになった。このような美し...
ウォーキング

人生は味わいを深める旅

今朝のウォーキング時に歩く姿勢が少し前傾姿勢になっていることを本屋のガラス窓に写った自身の姿で発見した、歩く速度も落ちている。86歳まで生きてきたので老化が進んでいるのは自然のことで仕方がないが、もう後戻りは出来ない悲しさを感じた。人生は速...
仕事

顧問としての仕事

毎月の品質向上会議を通じて工程内不良などの損失の低減と5S運動を通じたムダの排除の手助けを顧問役として続けている。現場巡回すると先月指摘したことが改善されいる状況をみて忙しい中を実行したことを褒めた。薬剤の管理方法について甘い点を指摘したり...
パソコン・スマホ

80歳以上の高齢者リモート座残会

80歳代のメンバーが無料のMeetアプリを利用してリモート雑談会「ブナの会」の開催日である。毎月2回午後2時間の話し合いがもう3年間も続いている。介護施設からの参加もあり今日も4名がお互いに画面に出て近況報告から始まって脳ドックを受けた話な...
生き方

間質性肺炎と付き合う

原因が分からない間質性肺炎と言う厄介な病気を発症したのが2023年前の2月であった。もう2年過ぎているが表面的には従来と変わらず普通の生活ができているので有難いと思っている、常に主治医や家族、取り巻く仲間に感謝している。治療法がないという病...