趣味の会で桜を描くことになり烏ヶ森公園の満開近くになった桜を描きに出かけた。公園の隅にあった枝垂れ桜を描いたが途中で時間になり思うように描けなかった。桜を眺めていると夢を見ているかのような気分になる。
この時期の桜を見るたびによみがえるのは「茨木のり子」の詩である、「さくら」と題した詩の一節が心に突き刺さって残るのだ。次の一節
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「さくらふぶきの下をふららと歩けば
一瞬名僧のごとくわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と」
(茨木のり子)
「さくら」は茨木のり子氏の60歳代に書いた詩の全文を載せる。
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「さくら」
茨木のり子
ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞(かすみ)立つせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と
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