「残りの人生」

私のような歳になると、どうしても漠然と「残りの人生」という発想がいつも背景にある。

それと同時に「これだけはやっておきたい」「今からでも学びたい」という気持ちは、以前から持っている。

毎週、韓国語教室があり最近は会話を主体に学んでいる。しかし、せっかく学んでも「ああそうか、そう言う事なんだ」と覚えても数日たつとすっかり忘れてしまっている。

これではくりかえし学んでも進歩がないなと思いつつ学びを止めるつもりはないから不思議だ。

その理由は教室に通うことで「ここまでやった!」という達成感が出るのと、気持ちにメリハリができて生きがいになっているからだ。

「ライバルは昨日の自分である」という気分があり、継続して学び、学びを通して先生や教室の仲間とのコミュニケーションも楽しんでいるからかもしれない。

先日Facebookに韓国人がスーパーで買って来た野菜が掲載されていた、ハングル表記の有機農産物やアスパラガスもスンナリ読めた。

ハングル語をすっかり忘れたのでは無く、ほんの少しは理解が進んでいるようなので嬉しくなった。

「残りの人生」は「韓国語をマスターしたい」という気持ちも持つことを再確認した。

韓国人がアップした野菜