日残りて昏るるに未だ遠し

 題名は藤沢周平の小説「三屋清左衛門残日録」の主人公の気持ちなのである。

 退職後のサラリーマン人生は正に「日残りて昏るるに未だ遠し」であるが、周囲から頼りにされ、為すべきことが与えられ、生きることの喜びがあればこれは第一線から離れたシニアの理想の生き方である。

 幸い韓国の小企業の支援のため日韓を往復して20年経過したがもう一昨年末で完全に引退しているので、今後は100山登頂を目指してあと6山の山登りを残すのみである。

 毎日が日曜日では退屈であり苦痛であるかもしれないと思って、私の場合は趣味に熱を入れているが、創造する喜びが味わえると思ったっが・・・どうも水彩画を描くことは苦しさの連続である(^。^)y-.。o○

 完成すれば少しの達成感は味わえるが時には逃げたくなる。描くことが本当の喜びに変わるのはいつになるのだろうか?

 じっと耐え忍んで行けば先が開けるはず、また新しい仲間が増えることは楽しみもおのずと生まれる。

 20年前に心臓手術のため入院して寝たままでいたときに手足の筋肉がげっそり落ちてしまうことを思い出す。体だけでなく意欲・気力の低下もあった。

 衰えて死がおとずれるそのときは、おのれを生かしめたすべてのものに感謝をささげて終わりたい。・・・あれれ何かよけいな事まで考えすぎてしまったか。

藤沢周平の小説は日本人の心のふるさとである「日残りて昏るるに未だ遠し」この言葉に寂寥や哀愁を感じる。

mituya

小説「三屋清左衛門残日録」

日残りて昏るるに未だ遠し―。

家督をゆずり隠棲の日をおくる清左衛門。強い寂廖感を覚え「残日録」と名付けた日記に心の内面を綴る。老いた身を襲う寂寥と悔恨・・。

コメント

  1. 小杉 豊 より:

    まだまだ、若輩者で申し訳ありませんが、高倉 健さんは、お坊さんの酒井雄哉から、「ゆく道は 精進にて 忍びて終わり 悔いなし」と諭されて、最後逝く時は それを 辞世の言葉にされていました。

    自分が亡くなることは、とてつもなく寂しいことですが、逆に200年
    1000年もi生きている自分を考えると、それも気持ち悪くなります。

  2. yoichi より:

    小杉さん、なるほど・・・一生懸命に生きて忍びて終わり悔いなしでありたいと思います。