光丸山法輪寺の「西行桜まつり」のイベントの一つで、市史編纂専門員でもある木村先生が法衣着た姿での講演があった。
西行法師の人物像と那須野における西行法師の足跡やこの地方で昔から語り継がれている西行法師にまつわる話しをユーモアーを交えて話してくれた。
歌僧・西行は二十代と六十代の二度、みちのくへ旅している。
この法輪寺に詣でて、境内にあったサクラを見て、「盛りには などか若葉は今とても 心ひかるる糸桜かな」と詠んだと伝えられていることから、「西行桜」の名がある。
西行法師が本当に立ち寄ったかどうかより、当時から800年ほどの歳月が流れても村人から村人へ語り継がれてきたことは確かであるという説明には説得力があった。
西行法師が
「尋ぬれば 青葉の梢色濃くて 何もたへせぬ にしきなるらん」
という歌を詠んだ「境の紅葉」や那須与一が出会ったと言われている「法師峠」などの説明もあったので再度の学びとなり良かった。