2015.4

 ソウル・景福宮に行ったことがある人なら、そのやや左手後方に険しい岩肌が露出した山が見えたのを
記憶しているのではないだろうか。この山が北岳山(プガッサン342m)である。
風水地理説ではソウルの主山(玄武)にあたり、ソウルは精気のたまる幸いを呼び込む
恵まれた地勢でここには大統領府の青瓦台や京福宮がある。


▲京福宮の光化門ら眺めた北岳山

北岳山の稜線には、14世紀以に降築かれた城郭「漢陽都城」が残り北岳山ソウル城郭探訪路として
2007年4月に40年ぶりに市民に開放された。だが、青瓦台周辺は韓国で最も警備が厳しい場所
であるから訪ねるには身分証明書の提示が必要となる。

韓国の友人の朴さんからこの山に一緒に登りましょうという誘いがあったので同行すると約束したが
前日に仕事の都合で一緒に行けないとの連絡があり、いつもの案内役の金さんと二人で登ることにした。

登山ルートとしては臥竜公園(ワリョンコンウォン)から登って彰義門(チャンイムン)まで約2〜3時間の
ハイキング登山になると考えていたがアクシデントもあった。

▲臥竜公園(ワリョンコンウォン)から彰義門(チャンイムン)までのルート

地下鉄4号線の明洞駅から10分程度の漢城大入口(ハンソンデイルグ)で下車した。ここから2112番の
バスに乗って終点で降ると臥竜公園と思っていたらどうも通り過ぎたらしいことが解った。

バスはUターンして乗客を降ろすと直ぐにスタートして行った。降りて食料と飲料水を買おうと周囲を見回したが
売店が無い、先に行けば有ると考えて坂道を登って行くと降りてくる付近の人と出会った。この人の話では
この先には売店は無いという、飲料水が無い山歩きは出来ないがこれから戻ることも出来ない。
駅で買い物をしなかった金さんを責めても仕方がないと思いながら歩い行くと
お寺があった山門には「北岳山八正寺」とあった。

金さんも責任を感じたのか寺の中に入って行って住職らしき人に飲料水を分けてもらえないか交渉していた。
後からついて行くと部屋の中から年配の女性(住職の奥さん?)が出てきて使用済みのペットボトルを洗って
中に飲料水を入れてくれた。二本もいただき韓国人の優しい心にふれて感動した。

   
 ▲駅から市内バス2112番に乗る ▲金さんが飲料水を買える所を訪ねる 
▲飲料水を求めて寺に入る ▲粛靖門(スッチョンムン)

食料はないが2〜3時間のハイキングだから飴などで我慢することにして、近くの木道の登り階段からも
つながっているので登って行くと新緑の中に伝統家屋「三清閣(サムチョンガッ)」が展望できた。

少し登ると左方面の臥竜公園(ワリョンコンウォン)から登ってくるグループの人達と出会った、多くの人が
ハイキングを楽しむ場所でもあるようだ。緩やかな山道を登って行くと柵で囲まれた彰義門案内所という
入山者をチェックする関所に出た。韓国人は身分証明書、外国人はここでパスポートと申請書出して
探訪許可証を受け取り首から掛けてから登ることになった。

案内所から歩くこと20分ほどで山中に突如大きな門が現れた。粛靖門(スッチョンムン)でまたの名を
北大門(ブッデムン)と呼び、東大門や南大門と並ぶ、ソウルの四大門の1つだけに立派な門になっていた。

▲粛靖門を通過すると警備員が2.3名居た ▲壁の北側にも鉄条網が張り巡らされている!

ここからはソウル市内の中心部が見えるが大統領官邸の青瓦台があるので警備員がいてカメラ撮影を監視して
いる市内方面は撮影禁止であるという。さらに進むと、見晴らしのいい青雲台(チョンウンデ293m)に到着した。

この先には銃弾痕の残る木があった。これは1968年1月21日、北朝鮮の武装ゲリラが青瓦台を襲撃するために
侵入し、韓国軍警と激しい銃撃戦が起きた際の銃弾痕が松でここは撮影はOKだったがその後の操作ミスで
削除していまった。そして白岳マル(頂上)に着いた、近くの切り株のベンチで飴と水を飲んで休憩した。

   
▲ここだけは左側の石垣に沿って登る ▲白岳山の頂上、ここにも監視員が撮影方向を規制
▲北嶽山の山並みが良く見えた、手前に北岳スカイウェイが通っている

城郭の北側はソウル近郊の最も高い山で市民にしたしまれている北漢山が眺望できた、右側の尖った
ところが主峰の白雲台/ペクンデ(836.5m)である。

2005年に登った思い出のページもご笑覧下さい。
北嶽山(ブッカンサン)に登る(05−4−22)

▲急な下り階段の連続 ▲ここにも警備員がいるが北側の撮影は問題ない

後で解ったことだがここから彰義門(チャンイムン)への道は急な降り階段の連続であるので、こちらから
登ってくるのは膝への負担が大きくて大変である。中年の人達がフゥフゥしなが登って来ている姿をみると
我々が登って来たコースが正解かもしれない。

▲まだまだ続く下り階段 ▲ひときわ目立った八重桜?かもしれない


朝鮮王朝初期(14世紀末)の大門と小門の話

 朝鮮王朝の首都のソウル(漢城)では王都防衛のための城壁が街の周りにぐるりと築かれ、この城郭都市の出入り口として南大門、東大門は何度も見て知っていたが今回のハイキングで大小8つの門が設置されていることを恥ずかしいながら初めって知った。

 今日は「粛靖門(スッチョンムン)」またの名を「北大門(ブッデムン)」という立派な門を通過したが、これに南大門、東大門、西大門(実物は無いが西大門刑務所跡などで位置としては理解している)と合わせて「漢城四大門」と呼ばれていることは知っていた。

 これに4つの小門があるという事を聞いたので調べてみたら大門の間に「光熙門(東南)」、「恵化門(東北)」、「昭徳門(西南)」、「彰義門(西北)」という4門があるという事が解った。
「昭徳門」は今は無く、それ以外の3つの門は再建され今日の最終地点にあった彰義門(西北門)(チャンイムン)は原型をそのまま残している門であるようだ。機会があったら他の3つの小門も訪ねてみたい。

▲今日の終点の彰義門(チャンイムン) 


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