軍事境界線

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 先日の日曜日は天気もよく、友人とソウルの北の江原道の鐡原(チョロウン)に行ってきました、ソウルから100キロぐらいのところです。

 北との境界線に近いので入場するためには事前の許可が必要です、この地で農業をしている友人の兄が便宜を図ってくれ許可を取ってくれました。道路の要所要所で韓国軍のチェックがあり緊張感があります、道の両側は地雷原になって人を寄せ付けません。

 ここは朝鮮戦争(韓国戦争)の激戦地である白馬高原や北朝鮮が南進のため掘ったトンネル(第二)や南北の境にあった月井里駅(ウオル.チョウンリ.ヨ)が保存されています。


 ここから非武装地帯に続き北朝鮮の元山市まで続いていた線路の撤去跡がすぐそこに見えます。この鉄道も日本時代に建設したもので1914年9月に京城(ソウル)から元山(ウオンサン)まで224キロが開通しました、このほかにも銀行跡、農業用水路跡など日本人が作った施設跡が多くあり日本人の足跡を感じます、なぜこんな所まで日本人が来たのか、何のために、全ては歴史が語ってくれています。

 展望台から望遠鏡で覗くと北側の農業の部落や監視所がすぐそこに見えましたが人影も無く何か心寂しい感じの風景でした、北側の宣伝文が見え「銃口をヤンキーに向けろ」とありました、北朝鮮が韓国に対してでなく全ては米国を対象にしている姿勢は以前から現在まで変わりません。

 ここから南側を見ると田植えの準備のため農作業が見られ日本でも見ることが出来るのんびりした農村風景です。案内してくれた李さん(48歳)が「北朝鮮との統一は歴史が私たちに残した宿題で必ず統一します。」という言葉が印象に残りました。



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