2019年3月 |
大田原市は那須野が原の扇状地にあるので伏流水が豊富でありこれが湧水になっていて、古くからこの地に住む住人の生活を潤してきていました。「歴史民俗資料館」で湧き水と自然に関する「ミニパネル展とギャラリートーク」があったので出席しました。 館長から「那須野に湧くいのちの泉」として大田原市の湧水と自然の紹介があった。館長の話を聞き非常に興味が湧いたので自身で市内の自然や湧水地を訪ね歩いた内容を紹介します。 「クンバ」と「ジャッカジ棒」 那須地方では湧き水は古くから飲料、洗濯、農業などに広く利用され、地域住民の生活や生業に深く結びついていました。特に興味があったのは「クンバ」と「ジャッカジ棒」いう古い言葉でした。
湧水から流れ出る小川を生活利用して洗い場にした場所は「汲み場」と呼ばれこれが変化して「クンバ」となったという。また里芋などを篭にいれてこのような川で洗う時に使ったものが「ジャッカジ棒」だという話だったが語源については詳しくは判らない。ジャッカジ棒は松の木で作るようだ。 *追記:ジャッカジとは蛇のように湧き出る「湧き水」のことという説が地元発行の詩集の中にあった。(2020-9) |
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鶯谷公園の池 最初に訪問したのは市役所の隣にある「鶯谷公園」である。たびたび来ている場所だが湧水という視点で眺めるとまた違った趣がある風景であった。 |
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水元神社 大田原高校の向かい側の奥にある湧水地は「水元神社」と揮毫した石碑があり神社の裏には明治34年に建立された「水源神」の大きな石碑が建っている。 神社の前には二方向から豊富な清らかな湧き水が流れていた。この場所は「沼の袋」と呼んでいるから昔から水にかかわりがある場所なのであろう。この湧水が何処から湧き出し何処へ流れて行くのか不明でこれから調べたい。 歴史民族資料館の資料によれば・・・「水元(源)神社」は厳島神社ともいい。宝永3年(1706)創建。大干ばつに苦しむ領民を救うため、時の大田原藩主が地蔵院に雨乞いの祈祷させたところ、「沼の袋」(土地の名)に奇瑞(神聖な現象)が現れ、そこを掘ったところ清水が湧いたので水神を祀ったと伝えられている」と解説されている。
おかんじ湧水地
不動の滝 佐久山地区近くの滝沢神社の境内から石段を降りて行くとこの滝があった、予想より立派な滝だった。水量が多いのは湧き水と近くを流れる田谷川が合わさって流れているようです。この先は近くの箒川に落ち込んでいた。滝沢神社への道端には石像が並んでいて中に天保13年(1841年)の日付があった。
池の御前湧水地 池の御前とは何とも優雅な名前で検索したらすぐにGoogleMapで案内してくれたのでこの湧水地を訪ねることが出来た。場所は那須赤十字病院の裏手方向にあったのだが地図をみると先日訪ねた「おかんじ川の水源」の直ぐ近くでもあった。 数台停車できる場所には説明看板があり、栃木県のふるさと田園風景百選の認定地の標識も立っていた。湧水は出ているようだが水草が繁茂していて判らない、少し下流では確かに清流が流れていた。 |
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残念なことに湧き水を周遊できる木の道が出来ていたが朽ち果てているので歩くのは危険な状態になっていた。予算が無いのかもしれないが、地域の宝の看板や百選の標識との乖離が甚だしい。 選定し看板を立てるのは簡単だが、メンテナンスを長期に続けてゆくには市民にもっと知っていただき地域の自然との関わりを街づくりに活かす運動を活発化させなければと思う。
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田谷川水源の湧水地 大杉神社に向けて親園地区方面に走ると右側にイトヨ生息地の小さな案内板を右に曲がると前方に高原山が望める畑の中にこんもりとした森が右に見える。この大杉神社・加茂神社の前には駐車場がありすぐに田谷川とイトヨ生息地の案内板と湧き水地の表示があります。この近くの湧き水は神社の地下から数か所から清らかな湧き出していた。 付近の人の話しでは最近はサギが大幅に増えて増えて小魚はみんな食べられていなくなったかもしれないと話していた。
大杉神社と加茂神社となっている本殿の前には立派な狛犬が左右に設置されていたのでつくづく眺めた。左側の口を閉じている方は狛犬、右側の方は獅子で現在では両者を併せて狛犬と呼ばれているようだ。 右の方の獅子には口の中に丸い石が入っている。これは籠彫り(かごぼり)と一緒の彫り方法で口の中に掘り残したものでかなり難しい掘り込みである。右側の獅子が「阿形(あぎょう)」で口を開いていて、左側の狛犬が「吽形(うんぎょう)」で口を閉じている。「あうんの呼吸」は、お互いの気持ちを汲み取ることができることを意味しているという話しが伝わっている。
御亭山の「綾織池」 御亭山(コテヤサン::513m)の山頂付近にあるという「綾織池」を山頂近くで探したが見つからずウロウロしていたら観光で来ていた那須に住むという中年の女性が少し下がった場所にあることを教えてくれた。 一緒に山道を下がって行くとひっそりと「綾織池」があった。不思議にもかなり高い場所にあるのに今でも枯れずに水をたたえていた。昔は汚かったと親が言っていたが今はこんなにキレイになったとつぶやいた年配の女性と一緒に眺めた。
玉藻稲荷神社の鏡が池 玉藻稲荷神社の「鏡が池」は伝説「九尾の狐」を伝える神社だが近くにあった池の水が消えそうな少なさだった。
駒込の池 黒羽地区にある「駒込の池」は黒羽運動公園に近くにあり、案内板や池を巡る遊歩道も整備されていた。歩いてみると奥には深く切り込んだ渓流が流れていたのでこの辺り一帯が湧き水で潤わされているのかもしれない。水田に囲まれているので灌漑用の溜池として利用されているようだ。
加治屋堀の湧き水 資料によれば薄葉地区の「加治屋堀の湧き水」と言われて、地元の古老の話として「水ず遊び」が出来るほど豊富な清水が流れていたそうだ。現在は近くにある「温泉神社」の境内裏に池の跡が残っているとあります。 温泉神社の近くに大きな会社がある隣と聞いたが農道ばかり走っても解らない、大通りに出たらガソリンスタンドがあったので訪ねたら通過して来た道を戻って左側の少し奥に「鳥居」が見える筈と教えてくれた。 近くの農道の端に駐車して歩いて鳥居に一礼して扁額を見上げると「湯泉神社」とあった。資料では「温泉神社」だが扁額には「湯泉神社」となっていいる文字の違いは何だろうか何か気になった。 奥に入って行くと参道の両側の大杉は100年以上経った立派なもので鳥居は平成23年に再建されていたので地域の宝として大切にされているようだった。湧水を探したが社殿の裏に湧き水の跡らしい窪みがあっただけでしたが6月頃には地下水位が上がり湧き出すという。
温泉神社と湯泉神社の違いを調べた。 温泉という名前は「ゆせん」とも読むし「とうせん」とも読む。また「とうぜん」は「湯の前の神社」と考えれば(とうぜんじんじゃ)でも理屈に合う。温泉は湯神・温泉神として古来より崇敬の対象であり、その神を祀るのが湯神社・温泉神社であるようです。 有馬温泉観光協会の公式サイトにあった、読み方も「とうせんじんじゃ」「とうぜんじんじゃ」「ゆのじんじゃ」などの説があり、「湯泉神社」と記し「とうせんじんじゃ」と発音することが現在一般的とあった。栃木県神社庁のHPには湯泉神社(ゆぜんじんじゃ)となっています。 |
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